















1月号はJR列車内で
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このホームページは車内月刊誌プリーズをもとに制作されています。
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| 芸術家のパッションを伝えたい。 〜榎木 孝明インタビュー〜 |
2004年10月 |
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―「日本のゴーギャン」とも称される孤高の日本画家・田中一村は、生前の画業を評価されることなく、奄美大島で一人息を引き取った。その生涯を描く映画『アダン』の撮影が、この夏2ヵ月にわたって奄美大島で行われた。一村を演じるのは、俳優の榎木孝明さん。映画、テレビ、舞台で活躍しながら、旅を画題にして絵筆を振るう水彩画家でもある。
「小さい時から絵を描くのが好きで、よくスケッチしていました。でも、私が生まれ育った鹿児島では絵を描くなんてことは”軟弱“と思われていましたから、カムフラージュでサッカーやバスケもやっていました(笑)」
―高校卒業後は郷里の鹿児島を離れて武蔵野美術大学で工芸デザインを学びながら、同時に演劇活動も開始する。
「美大当時はデザイナーにでもなれればいいなぁと思っていました。まさか芝居で食べていけるとは思っていませんでしたから。ところが、だんだん芝居の稽古が忙しくなってきて、かたや大学の実習やバイトもある。そんな時に劇団四季のオーディションに合格して、役者になる決心をしたんです。いま考えるとずいぶん無謀な選択だったと思います」
―しかし、NHK「朝の連続テレビ小説」の主役に抜擢されるなどして注目を浴び、俳優としての地位を固めることになる。そのころから忙しいスケジュールの合間を縫って、アジアを中心とした海外へ旅に出かけて行った。
「放浪癖があるんです。学生のころから、よく一人でフラッと出かけていました。役者になってからも時間ができると、行きと帰りのチケットだけ持って1ヵ月くらい旅をしていました。私は何でも食べられるし、どこでも寝られるんです。趣味の延長として旅先の風景を写真代わりにスケッチブックに描き写していたのが、後に画集を出すきっかけになったんです」
―そんな榎木さんが、真の芸術家と認めるのが田中一村だった。画家として自分自身に対して一切の妥協を許さず、死ぬまでその姿勢を貫き通した一村の生涯に感銘を受け、役者としてぜひ演じてみたいと思っていた。
「陶芸家・板谷波山を演じた映画『HAZAN』を撮り終えた後、五十嵐匠監督に私の方から話を持ちかけたんです。監督は一村のことを知らなかったんですが、水を向けるとすぐに乗ってくれました。私自身は他に類をみない迫力のある絵を見て、一体どんな人が描いたんだろうと、以前から一村という人間に興味を持っていたんです」
―中央画壇に背を向けて、50歳を過ぎてから奄美大島に移り住み、大島紬工場の染色工として生活費を稼ぎながら、命を削るようにして創作活動に打ち込んだ田中一村。残された作品には、美しい奄美の自然を描きながら並々ならぬ迫力を感じる。
「芸術家の創作意欲というのは、たぶん国境を越えて伝わるものだと思います。一村という芸術家のパッションをいかに伝えることができるか。役者として、とても演じがいのある役ですね」
―絵筆を持つ指先に一村の魂が宿っているように見えた。 |
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榎木孝明 |
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鹿児島県生まれ。武蔵野美術大学在学時に劇団四季に入団。'84年、NHK朝の連続テレビ小説「ロマンス」で主役デビュー。その後、俳優としてテレビ・映画・舞台で活躍。旅を好み、アジア各地を中心に世界の風景を描き続け、毎年全国各地で個展を開催。映画『アダン』は、来年公開の予定。 |
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