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このホームページは車内月刊誌プリーズをもとに制作されています。
 努力は必ず報われる。 〜松中信彦〜 

2006年4

 
―今年で3年目を迎える、福岡ソフトバンクホークスの宮崎キャンプの第2クール。全体練習が終わり、主力やベテラン選手が宿舎に引き揚げた後も、屋内練習場の一番奥のゲージで黙々と居残り特打を続ける選手がいた。今年初開催となったWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本代表選手にも選ばれ、名実ともに日本を代表する4番打者・松中信彦選手である。いかに才能に恵まれようとも、努力しなければ一流のアスリートとして大成しない。その中でも、松中選手は誰より「努力」という二文字の重さを知っている人間の一人である。
 熊本県八代市で生まれた松中選手は、保育園時代にグローブを買ってもらい、父親とキャッチボールを始めた。4年生から小学校の野球部に入り、仲間たちと地元の中学、高校へと進み野球漬けの毎日を送っていた。

 「僕らのころ、八代の中学は県内でもレベルが高くて、結構強かったんですよ。地元の高校に進んでからも、目標は甲子園に出場することでした。そして、その先にはプロ野球選手という大きな夢がありました」

―しかし、高校1年生の夏、いきなりその夢がついえそうになる。慣れない硬式ボールの投げ過ぎとバットの振り過ぎが重なり、左ひじを故障してしまったのだ。当時の医療技術では、野球を断念せざるを得ない状況だった。

 「それまで野球のことしか考えていなかったので、医者からそう言われたときは相当ショックでしたね。これからどうしたらいいのか、まったく分からなかった」

―そんな失意の松中選手に希望の光を与えたのが、父親敏治さんの「左がだめなら右があるじゃないか」というひと言だった。

 「最初は半信半疑でしたが、半年間毎日キャッチボールを続けるうちに、なんとか右でも投げられるようになりました。2年の春にはチームメイトと一緒に練習できるようになったんです」

―高校時代、目標であった甲子園出場は果たせなかったが、プロ野球への夢は決してあきらめていなかった。社会人時代に左ひじの手術を受けて、再び左投げに復帰。そして'96年のアトランタ五輪では、日本代表の4番打者として銀メダル獲得に貢献。この時の活躍が認められて、福岡ダイエーホークス(当時)にドラフト2位で指名された。

 「よく努力は報われると言いますが、それを信じていれば、不可能を可能にすることもできる。そのことを自分の肌で実感できたから、今の自分があると思います」

―今シーズンのキャンプイン直前、松中選手は球団と日本人史上最長となる7年契約を交わした。多くの優れた人材がメジャーリーグへ流出する中、あえて松中選手は日本に、そして地元の九州にこだわり、事実上選手として「生涯ホークス」を貫くことになった。

 「いろいろと年数や金額のことを言われますが、それよりもプロ野球選手を目指す子どもたちの、夢や目標になれればと思っています。日本でも活躍すれば、メジャー並みの契約ができるんだと」

―契約が満了する年には39歳となる松中選手だが、40歳まで現役を続けたいという思いがある。

 「最後にもう1年契約してもらえるように、これからも良い成績を残したいですね」

―今年1年、WBC、レギュラーシーズン、プレーオフ、日本シリーズ、そしてアジアシリーズのすべてに優勝を目指す男の視線は、すでに10年先を見据えている。

文=江月義憲

松中 信彦(まつなか のぶひこ)
  1973年熊本県八代市生まれ。
八代一高から新日鐵君津を経て、'96年ドラフト2位で福岡ダイエーホークス(当時)に入団。
翌'97年に1軍戦初出場。
'99年シーズンからレギュラーに定着し、その年日本シリーズ優勝。
'04年日本人選手として史上5人目の三冠王に輝く。
また、'05年まで3年連続120打点の日本記録を樹立した。
 
 
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