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このホームページは車内月刊誌プリーズをもとに制作されています。
次は200本って思えるようになった。 〜哀川翔〜

2005年12

 
―「眼力がある」とは、こういう人のことをいうのだろう。眼光が鋭いとは違う。視線を合わせた途端、瞳の中に吸い込まれるような不思議な感覚。この眼力に吸いよせられるようにして、人が集まってくるのだろう。哀川翔さんと相対した瞬間、そんなことを感じた。
 日本アカデミー賞優秀主演男優賞に輝いた『ゼブラーマン』の公開時、自らの「主演100本作品」の文字を見て思わず笑ったという。

 「普通、第1回主演作品っていうのはあるけど、主演100本作品なんて聞いたことないでしょ。最初は何もできない役者からスタートして、1本1本の積み重ねでここまで来たわけで、一つの節目ではありました。でも、周りは誰も100本目なんて気づいてくれないから、このまま素通りされるのもいやだなって思って(笑)。それで、三池崇史監督と宮藤官九郎くんに声かけて、3人で話を進めていったんです」

―前人未踏の主演100本をやり遂げ、今や日本の映画界になくてはならない俳優となった哀川さんだが、高校時代にはまったく違った将来像を描いていた。

 「高校を卒業するまで鹿児島の鹿屋市で育ったんですが、小学校までは野球、中学校では柔道をやってました。これが県大会で優勝するような部で練習がすごいキツくてね。高校へ入ったらもう嫌だって体操部に入ったんですよ」

―子どもの頃から運動神経バツグンで苦手なスポーツもなかった哀川さんは、高校に入って間もなく明確な目標を立てる。

 「体育の先生になろうと思ったんですよ。授業はサボっても部活には出るような生徒だったから先生も理解してくれて、推薦で体育大学に行くって決めてた。そのために部活も真面目にやったし、運動能力テストでもAをとるために苦手な持久走も必死で走った」

―ところが哀川さんの夢は、ある日突然、あっけなく砕け散る。

 「高3の時に先生から『お前、推薦入試の願書出したか』って聞かれて、『何のことですか?』って聞き返した。俺はてっきり手続きも先生が全部やってくれると思い込んでいたらそうじゃなかった。書類を集めたり願書出したりするのは、自分でやらなきゃならなかったんですね。そんなことちっとも知らずに、とんでもない勘違いで夢は木っ端みじんですよ(笑)」

―この時、正式に願書を提出して推薦入試を受けていたら今頃は故郷の鹿児島で、体育を教えていたかもしれない。その後、主演100本を張る俳優・哀川翔は生まれていなかったのだ。
 主演107本目となる最新作の『東京ゾンビ』でも、その存在感は圧倒的だ。何しろ頭のてっぺんには髪の毛が一本もなく、ギョロリとした眼がいっそう際立つ。

 「脚本を読んだ時から、すごく面白いと思った。でも、本当に自分がこの役をやれるかどうか、決めるまで3ヵ月かかりました。まあ実際にやると決めてからは、自分の形(なり)にも3日で慣れましたけどね(笑)。100本やった後、よく『次は200本ですね』って言われたけど、そんなに簡単じゃないと思ってた。でも、去年イチローがヒット262本打ったでしょ。その日から『あ、俺も200本いけるかな』って思えるようになった。やっぱり人が与える力はすごいなぁって思いましたね」

― 一瞬視線を遠くにやり、再び正面を向いた瞳には、やはり吸い込まれるような眼力が備わっていた。

文=江月義憲

哀川翔
  1961年徳島県生まれ。
5歳の時に母親の実家がある鹿児島に移り、高校卒業までを過ごす。
上京後の'84年、一世風靡(いっせいふうび)セピアのメンバーとして『前略、道の上より』でデビュー。
'90年東映Vシネマ『ネオチンピラ鉄砲玉ぴゅ〜』で主演し大好評を博す。
'03年主演した『極道恐怖大劇場牛頭』(佐藤佐吉脚本、三池崇史監督)がカンヌ国際映画祭に正式出品される。
○公式サイトは www.aikawa-show.net
 
 
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