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1月号はJR列車内で
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このホームページは車内月刊誌プリーズをもとに制作されています。
「駅」という響きが好きだ。 〜長渕 剛 インタビュー〜 2004年05月
 
―長渕さんが、最初に故郷・鹿児島を旅立たれたときは、やはり列車ですか?

「西鹿児島(※)発の特急・明星です。18歳のとき、福岡の大学に進学が決まって、旅立つ前にそれまでジーパンしか履いたことなかったのに、友だち二人でスーツを買いに行ったんですよ。ヒールの高いブーツを履いて、ストライプのパンツにストライプのシャツ。上着はチェックで、今時お笑い芸人でも着ないような(笑)。そんな格好にギターケースとボストンバックをぶら下げて、博多に向かいました」(※)現鹿児島中央駅


―ご家族や友人は、見送りに来られたんですか。

「その頃はもう、友だち連中が集まって、バンザイ!バンザイ!ですよ(笑)。でもね、列車が動き出すと、おふくろは僕が見えなくなるまで、手を振って見送ってくれたんですよ。西鹿児島駅の3番ホーム。一生忘れられないですね。夢だけを信じて、旅立ちました」


―そうして、福岡で学生生活を過ごされるわけですね。

「まあ、ヤンチャやってましたね。思い出といえば、歌と恋と喧嘩に明け暮れていた感じです。当時つきあっていた女の子が京都に行くことになり、毎日のように電話したり、手紙を書いていたんですが、ある日突然連絡が取れなくなった。心配になって京都まで会いに行くと、もう新しい恋人ができてたんですね。そうして、失意の中で降り立ったのが博多駅だった。駅には悲しみもあれば、希望もあるし、挫折もある。そういう人間のいろんな感情が交錯する場所で、人生の起点でもあり回帰する場所でもある。だから僕は好きなんですね、『駅』っていう言葉の響きが」


―東京に出た後も、故郷に対する思いは変わりませんでしたか。

「いや、最初はもう故郷を捨てる覚悟でしたから、気がついたらいつの間にか東京の人間になっていた。でも、順風満帆に見えても、人生の中でいろんな人との別れがあり、挫折もあった。そんな時に、自分を奮い立たせてくれたのが、子どもの頃に過ごした鹿児島での原体験、原風景、故郷の匂いとか、人々の顔だったんです。そうした人生の節目で、ドーン!と地響きのように『故郷』という言葉が浮かんできて、その代名詞が僕にとっては『桜島』だったんです」


―その桜島で、この夏7万人のコンサートを開きますね。

「僕にとっては生涯に一度の命を賭けたお祭りです。それぞれに思いを持って集まってくれたみんなと共に歌い、一夜を過ごし、僕を育ててくれた桜島の大自然の中で朝日を迎えたいですね」

文=江月義憲

長渕 剛
  1956年、鹿児島県生まれ。大学時代を福岡で過ごし、78年「巡恋歌」 でデビュー。80年には「順子」で初のチャートナンバーワンに。また、 83年に初主演したドラマ「家族ゲーム」をはじめ、役者としてもテレビ、 映画で活躍。88年にリリースした「乾杯」はミリオンセラーを記録し、 スタンダードナンバーとして今も歌い継がれている。
桜島オールナイトコンサート
2004年の8月21日、鹿児島県桜島の荒れ地を造成した特設会場で行われるオールナイトコンサートは、約7万枚のチケットが発売日に即日完売。「誰もやったことがないことをやるのが、我々の役目なんです」と語る長渕さんは、新しい伝説を故郷・鹿児島で作ろうとしている。
 
 
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